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見どころガイド 世界遺産 史跡 元興寺

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元興寺

元興寺は、蘇我馬子がつくった日本最古の本格的寺院の飛鳥寺を、平城京遷都のときに移したお寺。当時はいまのならまちのほとんどが境内であったほどの大寺院で、南都七大寺の1つでした。しかし平安時代の中ごろからしだいに衰退。浄土教が広がるにつれて、浄土曼荼羅(重要文化財智光曼荼羅)を安置していた極楽坊が寺の中心になってきました。鎌倉時代いまの本堂と禅室が改造され、そこで営まれていた念仏講がさらに発展し庶民の信仰の場となりました。宝徳3年(1451年・室町時代中期)土一揆で金堂と小塔院を焼失、江戸時代末期には五重塔なども焼け、いまの本堂と禅室だけになりました。屋根の一部に残る飛鳥寺から移した瓦の行基葺きや、奈良時代につくられたといわれる国宝五重小塔は、奈良時代の建築様式を学べる貴重な資料です。

17個の礎石が当時を物語る 史跡 五重塔跡

極楽坊のすぐ南、町に埋もれてひっそりある塔跡。「元興寺塔跡」として国の史跡に指定されています。

旧元興寺境内範囲

ちょっと寄り道

ならまちの家はうなぎの寝床

ならまちの家は、間口が狭く奥へ奥へのびた家を多く見ます。これは江戸時代、間口の広さに応じて課税されていたため、少ない税金ですむように細長い家になったのです。

用語・人名解説

蘇我馬子(そがのうまこ)
?〜推古34年(〜626年)古代の中央豪族。仏教を利用し、天皇と関係を深め、物部氏を滅ぼして、国政の主導権をにぎった。
村田珠光(むらたじゅこう)
応永29年〜文亀2年(1422〜1502年)もとは称名寺の僧で、禅の心を茶の湯に取り入れた茶道の祖。
筒井順慶(つついじゅんけい)
天文18年〜天正12年(1549〜1584年)戦国時代の大和の武将。信長・秀吉に従った。

奈良市教育委員会

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